最初のページ

小さい頃から、箱庭のようなものを作るのが好きでした。

父の故郷は茨城の農家です。子供の頃は毎年お盆に泊まりに行き、夕暮れのあぜ道を歩きました。空気が昼間と一変し、海面のような田んぼの上を風が通って、ヒグラシの音が聞こえる。なんとも言えない良い匂いがしました。

それを紙粘土で箱の中に再現し、小学生の私は夏休みの工作に。

そんな体験が、絵本『ちかしつのなかで』の原点なのかもしれません。

初めて作った絵本

これは、私が初めて作り、出版した絵本です。文と絵、両方手掛けました。

自分がどんな絵本を作りたいか思いを巡らせた時、まず頭に浮かんだのが『室内に外の世界を作り上げていく』お話でした。子供のころに箱庭を作った、遠い記憶がよみがえってきたのです。

絵本ちかしつのなかで
絵本『ちかしつのなかで』 2016年/BL出版

絵本の詳細はこちら→作品ブックページ

あらすじを載せます。

これは、主人公「てつや」が体験した、夏のある日の物語。

最初のページ

留守番をしていたてつやが、ふと家の地下室に入ってみると、とつぜん声が聞こえます。それは『ちかしつ』の声でした。最初は戸惑いながらも、外の世界を見たことがない『ちかしつ』のために、てつやは奮闘します。部屋の中に置かれていた様々な物を使い、箱庭のように世界を作っていきました。

箱庭のように

その様子を見て『ちかしつ』は喜びますが、てつやはふいに「これは所詮 “作り物の世界” に過ぎない」と気づき、胸を痛めます。何とか本物の世界を見せたいと願うあまり奮闘はエスカレート。そして意図に反し、作り上げた世界は “めちゃめちゃ” に壊れてしまいます。てつやは気を落とします。

この後、物語はクライマックスを迎えます。

…が。ここに一つの制作秘話があります。

それを書く前にまず、この絵本の生い立ちについてお話ししましょう。

一人きりでの制作

この作品は、受賞すると出版が約束される絵本コンクール に出品するために作りました。詳しくはこちら→【出品体験記】コンクールとの相性|講談社絵本新人賞&日産童話と絵本のグランプリ

当時はアマチュアですから、編集者さんが伴走してくれるわけではありません。一人で(家族の応援は受けながらも)苦戦しながら作っていきました。

そしてありがたいことに、『ちかしつのなかで』は 2016年、日産童話と絵本のグランプリ大賞を受賞し、無事に出版されることになります。

授賞式
授賞式の様子(2016年3月)

受賞から出版まで

受賞作はあくまでもアマチュアの作品です。

出版するためには例年、担当編集者さんと共にブラッシュアップ&描き直しを行い、出版可能なクオリティに仕上げる という過程があります。

インターネットの情報で大体の流れは把握していたものの、受賞直後は呑気にこんな風に考えていました。

どれくらいの描き直しになるのかな。ひょっとして「描き直しの必要なし!もうこのまま出版できますよ!」なんて言われちゃわないかしら?

…けれどそんな甘い期待は、見事に砕かれていくのです。

初めての打ち合わせ

出版社との初めての打ち合わせは、2016年3月の授賞式当日でした。

盛大なパーティーがお開きになるや否や、
「…ささ。横須賀さんはこれから打ち合わせがありますから」と足早に連れていかれたのは、日産本社の会議室。

それまでの華やかな祝福ムードとは一変、ぎらぎらのお仕事モードが漂います。

自分の作品が置かれた長机で、私はこの日初対面の担当編集者Tさんをはじめ、大阪国際児童文学振興財団のDさん、日産の担当者Sさんなど、そうそうたる方々に取り囲まれました。

そして、あんな指摘こんな指摘が、どのページにも次から次へと…。

当初の絵
当初は、絵の中に『ちかしつの目』が…。この他にも、原画は全部で16枚。

【ちかしつの目、怖すぎ ますー!】(←全員一致)
【文章に意味ありげなワードが出てくるのに、その場限りで 後に続かない わね?】
【このページ、文章と絵の スピードがあってない ですねー】
【ここ、階段踏み外しそう。扉の 構造も変 よね?】

まだまだ山ほど…
優しい口調ながらも、鋭い言葉が飛び交います。

そして最後。
「まあ、ぜんぶ描き直しましょう! 新人さんですしね!」と、明るくとどめが刺されました。

結局、ほとんど全て描き直しです。想像以上にハードな結果となりました。

ところで。
実はこの席で一つ、貴重なお言葉がありました。結末に関する、重大な感想です。

二つの結末

当時、私が作っていた結末は次ようなものでした。

『ちかしつ』はてつやを温かくなぐさめ、気持ちだけで十分嬉しかったと伝えます。てつやは「いつか、星の夜も見せたいな」と呟き、心残りながらも部屋を出ました。すると扉が閉まって暗闇が戻った地下室に、さっきまでは目に映らなかった小さな光が浮かび上がり、てつやの作った箱庭の残骸を美しく映し出し…。

これは、“てつや自身は気づいていなくても、『ちかしつ』には、素晴らしい光景が届いていた” という結末でした。

てつやにしてみれば少々悲しいような…、その少しの「ひっかかり」が、深みや余韻を生んでくれるように思ったのです。

この結末に対し、前述の方からこんなご感想をいただきました。

「主人公が(悲しい思いのまま)居なくなってしまったら、誰に共感して良いかわからない」

…なるほど。

絵本は、【読者の共感に寄り添うべきもの】でもあります。この結末にはそれが欠けていました。

そういえば私自身、映画やドラマの結末がハッピーエンドで無いときに、少しモヤっとした思いを抱くことがあります。

作品の価値は、あくまでも読者をすっきりさせることではないかもしれません。
『モヤっ』が深みになることもあります。
この絵本だって正直、どちらの結末でも「あり」だったと思っています。

けれど、初めての出版です。まずは王道の結末で、読んだ人に喜んでもらうことを選びたいと思いました。

そして、最終的に出版した絵本の「結末」はこのようなもの。

電飾

てつやの思いに感動した『ちかしつ』(地下室本体)が震えた時、そのはずみで一度外れてた電飾の配線がつながりました。すると信じられないような美しい光景が広がり…。てつやと『ちかしつ』は思わず息をのみました。

“てつやと『ちかしつ』は、ともに感動して満たされ、絆を深める” という結末を迎えます。

ラストシーンの絵は、ぜひ絵本をご覧ください。(宣伝です。笑)

皆さんは、どちらの結末がお好みでしょう?
いつか、お聞きする機会があったら嬉しいです。

戦いの火ぶた

さて、話を授賞式後の会議室に戻します。

数時間に及ぶ打ち合わせを終え、私は極度の緊張を抱いて会場を後にしました。
想像以上に大変なスケジュールになりそうだったからです。

でも同時に、とてつもなくワクワクもしていました。
アマチュアにもかかわらず、『12月の出版』が約束されているのです。必ず、ゴールの訪れる戦いです。
また、厳しい内容ではあったけれど、プロの方達から率直なご意見を頂けたというのは、本当に貴重な機会でした。

これから始まる、一つ一つの工程がとても楽しみでした。作品のブラッシュアップ、デザインやフォント選び、色校正や印刷。すべて初めてのことばかりです。

とにかく 無事に9か月後の出版を果たす こと。それが私の大きな目標となりました。(日頃の運転まで慎重になったほど!)


かくして、約半年にわたる描き直し作業が幕を開けました。

編集者さんにとっても、戦いの火ぶたが切って落とされるようなものだったと思います。なにしろ、右も左もわからない新人に寄り添いながら、審査員の先生が選んだ(決して編集者さん自身が選んだわけではない)作品を、“自社の本” として立派に世に送り出さねばならないのですから…。

この後、ついに始まった描き直し作業、編集者さんとのやりとり等、
順をおって書いていきたいと思います。どうぞお楽しみに。

ブログは次回→【初めての絵本出版②】編集者さんから学んだこと|『画家の絵』と『絵本の絵』に続きます。

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