絵の具

私は絵本作家になる前、画家として活動していた経緯があります。
初めての絵本出版時には、それぞれの立場から『画家の絵』と『絵本の絵』に向き合い、その違いを実感しました。

今回は当時、戸惑ったことや感じたことなどを書いていきたいと思います。

|絵本の絵の特徴

そもそも『画家の絵』には無い、『絵本の絵』の特徴って何でしょう?

以下に幾つか例を挙げてみます。

  1. 複数の絵が組み合わさって、一つの作品となる
  2. 文章の配置も、絵の構成要素に含まれる
  3. 造本の仕組みによるルールがある(進行方向や時系列。ノドにあたる部分に大切なものを配置しない、等)

これらは、絵本を作る前にも頭では理解しているつもりでした。

けれど編集者さんとのやりとりが始まった時、特に①の『複数の絵が組み合わさって、一つの作品となる』という部分において、認識が甘かったと痛感したのです。

『画家の絵』と『絵本の絵』

私は、芸大で日本画を学びました。

幾つかある専攻のなかで、日本画、油画、彫刻などは『純粋芸術』(ファインアート)と呼ばれる分野です。作家は自分の表現したいものを、自由に形にします。見る人が何を感じ取るか、それは見る人次第。どう解釈してもらっても構わないのです。

それに対し、デザインの分野は少し違います。計画的に、意図を正しく伝える目的があります。イラストもこの分野に入りますね。『応用芸術』と呼ばれたりします。

私は、自分が絵本を制作するようになって、絵本はこの二つの分野の、どちらの側面も持っている と強く感じるようになりました。

絵本作家は自分の思いを自由に表現しますが、同時に商業出版であるかぎり、読者にメッセージを届け、かつ満足してもらう必要があります。読んだ後「で、結局なに?」では、その本は買ってもらえないからです。

大学で日本画を学んでいた(ファインアート出身)の私にとって、それまでは『一枚の絵が、美しく仕上がれば万々歳』でした。必要であれば、絵の中に唐突に鳥を飛ばしたり、花を咲かせることも自由でした。ある意味ひとりよがりの作品で十分だったし、むしろ作家はそうあるべきでした。

けれど、この考え方をいったんリセットしなければ絵本の絵は描けない。

編集者さんと共に絵本の描き直しを始めた頃、まず私が感じたことでした。

初めての担当編集者、Tさん

授賞式
授賞式での記念写真

『日産童話と絵本のグランプリ』大賞作品の出版を長年担っているのは、神戸のBL出版社。国内外の良質な児童書を多く出版している会社です。

こちらの編集者Tさんが、私の担当となってくれました。Tさんは、知的で冷静、淑やかな印象の女性です。(そのうえ実は、すごくお茶目で愉快な方でもあります)

授賞式後の打ち合わせでは、Tさんはじめ、同席の方から様々な指摘を受けました。
詳細はこちら→【初めての絵本出版①】日産童話と絵本のグランプリ受賞作『ちかしつのなかで』の制作秘話

それらの指摘をもとに、私はまず約2ヶ月をかけてラフ(絵本の設計図のようなもの)の修正を行いました。これは自宅で一人で取り組みます。この期間、Tさんとこまめに連絡をとったりすることはありませんでした。

ラフ
2ヶ月かけて修正したラフ

修正ラフが完成すると、Tさんへ郵送します。(現在はデータで送信しますが、当時はコピーを貼り合わせ、絵本の形に整えて郵送しました。)

授賞式の日に皆さんから受けた指摘は、どうにかクリアしたつもりです。
「怖すぎる!」と言われた “ちかしつの目” はすべて無くし、それでも存在と人格が伝わるように工夫しました。結末も後味の良いものに変更しました。

Tさんから戻ってきたラフと手紙

程なくして、Tさんからラフが返送されてきました。
ちかしつの目を無くしたことは、大変評価して頂いたようです。(ほっ)

けれどその他は、どのページも細かい指摘の書き込みがびっしり。そして、添えられていた手紙には、『雰囲気で書かれているのではと思われるところが多々見受けられます。』とありました。なかなか厳しいご意見でした。

確かにいま見返すと、行き当たりばったりな部分がとても多く感じられます。

これは当時、一場面ずつの絵だけに意識が集中していたからだと思います。前述の、ファインアートの感覚です。その絵の中でのバランスばかりに気を使い、物語全体で考えると不要なものまで唐突に描き入れたりしていました。

例えばこの場面。

最初の絵
描き直し前の、最初の場面(部分)

この場面に本来描き入れるべきものは、この後の物語に登場するものでなければなりません。

…なのに、全然違うものばかり。

右のビーチボールも、卓球のラケットも、少年が身に着けている「行司セット」もこの後の展開に何の関係もありません。(行司セットに至っては、当時長男が相撲に夢中になっていた影響から。。)

そして致命的なのが、↑黄色い羽根の扇風機。これは物語後半、「強い風で世界がめちゃめちゃになってしまう」という展開の、重要アイテムのはずなのに…

後半場面の巨大扇風機

全く別物です。

迫力を出したくて、後半のシーンでは大きな扇風機を描きました。それなら当然最初の場面にも、そのような扇風機を描き込むべきでした。この巨大扇風機が心象風景だとしても、最初の場面に『黄色い羽根の扇風機』を登場させる必要性がありません。読者が混乱します。

なのに私は、最初の場面を『静かな三角形の構成』に収めることを優先してしまったのです。
この赤線の中に納まりそうなモチーフを、都合よく並べました。

三角形の構成
赤線は三角形の構成。黄線はそれに対する動き。

認識が甘かったとしか言いようがありません。絵本作家として、アマチュアも良いところです。

私は初めて、「絵描きの思考」だけではだめなんだ と痛感しました。

絵本の中に描かれるものには全て必然性があり、積み重なることによって世界が構築されます。世界が曖昧だと、読者が物語に入り込むことができません。

編集者Tさんとのやりとりによって、遅まきながら実感したのです。

Tさんからの手紙には、『厳しいことをお伝えして申し訳ございません』とも書かれていました。多分、私が相当へこむのではないかと心配されていたのだと思います。

けれど私に、もう落ち込んでいる暇などありませんでした。すでに肝が据わってきていたこともありますが、自分が何を学ぶべきか解り始めてきたからです。

画家は絵本を作りたがる

画家は絵本の出版に興味を持ちやすいと言われます。自分の絵だけで一冊の本を作るというのはとても魅力的です。私もそうでした。

そして、絵を描く能力さえあれば、いつかすんなり作れるような気がするのです。画家の知人は「いつか歳を取ったら絵本も作ってみたい」と言ったりします。余力で作るような感覚なのかもしれません。

ただ、画家が手掛けた絵本はたいがい画集のようになってしまう、とも言われています。一枚ずつ完結した “絵を並べただけの本” に仕上がってしまうというのです。「まさか、そんな」と思っていたけど、本当にそうでした。「画家(絵描き)の絵と、絵本の絵は違う」の意味を本当に理解できたのは、実際に自分で出版を体験してからです。

『一度自分で作ったものを編集者さんの下で作り直す』経験こそが、多くのことを学ばせてくれました。

今までの感覚を封印するのは大変なことかもしれません。けれど、その中で少しずつ絵本のセオリーを身につけていけたなら、それまで培った画家としての経験は、きっと力強い味方になってくれるでしょう。

こうして私は、少しずつ絵本について学び始めていきました。
Tさんのおかげで、『ちかしつのなかで』は出版されるまでに少しずつ形を変え、一つの物語として完成度を高めていきました。

ブログは次回に続きます。

――お知らせ――
現在取り組んでいる絵本制作が佳境に入ってきました。しばらくの間、ブログはゆっくりペースの更新になるかと思います。
新作絵本にご期待ください!

コメント

広島県在住の者です。今、知人からお話の原作を預かり、これを絵本にして欲しいと依頼を受けています。私は絵を描く仕事がしたいと、さし絵画家としてスタートを切ったところで、それを知った知人が依頼をしてくれました。

初めてのご依頼で、どうして良いかわからない中、こちらのサイトに出会いました。

ご依頼主さんは、一緒に作り上げるよりは、私に全面お任せして、最終手直しだけするくらいの完成度で提案して欲しいとのことです。

人間関係のセミナーでお使いになる小冊子で、対象は大人の方です。
原作の文章の構成を整え、イラストを付けて
プロデュースしていくことになるのか思っています。

こんな内容で不躾なのですが、
絵本を作りあげるまでの、構成の時の心がけることや注意点、挿し絵の注意点など
ご指導いただけたら、どんなにありがたいことかとおもいながら、メッセージさせていただきます。

佐藤様
コメントありがとうございます。気づくのが大変遅くなってすみません。
詳細は分かりませんので、あまり具体的なことを申し上げられず心苦しいですが、
「構成時に心がけること」としては、私自身はなるべくページ毎に変化をつけることを心がけています。「俯瞰」「見下げ」と視点を変えてみたり、「色合いを変えてみる」等です。
「挿絵の注意点」は本を開いた時に見やすいよう “真ん中のノドにあたる部分に大切なものを描かない” 等の基本的なことから、“文章の量に応じた絵の面積” 等、少し感覚的でお伝えしづらいようなものもあると思います。
私も最初はわからないことばかりで、図書館の本などを読み漁り、何とかやってきた次第です。お役にたてず、すみません。
佐藤様の作品が、素敵なものになるようお祈り申し上げます。

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