私には子供のころ、「死んだらどうなるんだろう?」と不安でたまらない時期がありました。

けれど人には言えませんでした。
そんなこと口にするのは憚られたし、正確な答えなど誰に聞いても見つけられっこない と子供心に感じていたからかもしれません。

天国?輪廻転生?お空の星に?

…どれも私の不安を解決してはくれませんでした。

老若男女、“死” は不安です。考えないように蓋をして過ごしている大人も多いはずです。
けれど、まだ心をコントロールする術を持たない子供には、大人とはまた違う死への不安 があるように感じます。

「ほんとうに こわくなるのは、 夜 ねる前。」(本文より)

でもある時、幼い私に少し心が軽くなる出来事が起きたのです。

『ぼく、こわかったんだ』はその時の記憶をもとに作った絵本です。お話として読みやすくするためアレンジは加えていますが、一番大事な部分は幼い頃の自分に誠実に向き合って作りました。

あれから、ずいぶん時間は流れました。それでも当時の私のように、ひそかに悩み苦しんでいる子が、今も必ずいると思うのです。

悩んだ人と悩まなかった人

この本を出版した後、分かったことがありました。

『ぼく、こわかったんだ』BL出版

「私もまったく同じことを考えてた!読んでるうちにドキドキしてきた。」という方と、

「ずいぶん哲学的なことを考えるお子さん時代だったんですね。私はそんなこと深く悩んだ覚えがありません。」とおっしゃる方、はっきり二分されていたのです。

後者のようなタイプの方から「感受性が鋭い子供だったのね」と言われた時、ああ、この悩みは『特殊』と捉えられてしまうんだなあ、と少し距離を感じました。

つまり、後者の方は、前者の苦しみに寄り添うことはなかなか難しい

時代背景もあるかもしれません。戦中などを経験し、死が身近だった方は別の価値観をお持ちでしょう。また、幼いころに近親者の死を体験していたり、宗教のような心の支えがある方は、また違った捉え方ができるのかもしれません。

そしてこの相容れない感覚の違いは、たとえ親子であっても生じることがある のです。

あまり悩んでこなかったタイプの親が、わが子に「死んだらどうなるの!?」と泣きつかれた時、何と答えてあげればよいか戸惑ってしまうのです。

そんなとき、寄り添える絵本でありたい。

無理やり読んで与えなくてもいい。子供部屋の片隅に置かれて、必要な時に子供が一人、そっとページをめくる。そんな本であってほしいと願っています。

「ほんとうに 苦しいことって 人には なかなか 言えないものよね。」(本文より)

この本が出版されるまで

この本が生まれたきっかけを書きたいと思います。

テーマへの想いとしては前述の通りなのですが、出版のいきさつ となると、また違ったエピソードがあります。

私は『ちかしつのなかで』という絵本でデビューしました。これはいわゆるファンタジーで、安心して子供たちに読んでもらえる、いわば “王道の絵本” です。→本の詳細はこちら

それが無事出版された後、「さあ2作目をどうしよう?」と考え始めました。

グランプリを受賞しても、その後のオファーがひっきりなし…というほど 現実は甘くありません。出版関係の人脈も殆ど持っていませんでした。

唯一の大切な繋がりは、1作目を担当してくれたBL出版社の編集者Tさんです。
新しい絵本のラフ(構想アイデア)を作ったとして、見てもらえるのはTさんしか考えられませんでした。

『2作目の壁』

ただ、ラフは見てもらえても出版につなげるのは非常に難しいのです。

過去のグランプリ受賞者さんに言われました。「歴代受賞者で、2作目もBL出版社から出せた人は、いまだかつていませんよ。無理なんです。」また、ある作家さんからは「BL出版社は国内外の良書を厳選して出版してるでしょ。新人の2作目は厳しいわよ。他のところをあたった方が良いわよ。」

出版社は慈善事業ではありません。赤字のリスクを背負って、人気作家でもない新人を選択するメリットが無いのです。

けれどラフを作ったら、まずはとにかくTさんに見てもらいたい。ダメだったら、またそこから考えよう。

そう決意して、絵本のテーマを選び始めました。

テーマを考える

柔らかくてふわふわした “絵本らしい” もの。…これはすでに市場で飽和状態。

では、私にしか描けないものって何だろう。

子供に色彩理論を分かりやすく伝える絵本はどうだろう?
(混色方法には誤解が沢山あって、この簡単な理論を絵本で易しく伝えられれば、きっと子供達の役にたつのではないかしら。)
…これは途中までラフを仕上げましたが、テーマとしては変化球すぎる気がしました。

もっと普遍的な、でも今まで作られていないもの。自分の心に正直に作れるもの。

そして辿り着いたテーマが

「死んだらどうなる?」

―究極の不安でした。

思っている子はいるはずなのに、死はタブーとされていて絵本売り場では殆ど見かけません。

あっても、祖父母など 他者の死を受容する 内容だったり、『死はいつか訪れるものだから今を一生懸命生きよう』と美しく伝えるものばかりでした。私が子供のころに抱いていた 自分の死への不安 に真っ直ぐ向き合っている絵本は見当たりません。

夜中にベッドから飛び起きる『ぼく』

“あっても無くても良いような絵本” だったら出版など無理に決まっている。ならばこんなテーマでしか土俵には立てないのでは?

そしてパンドラの箱を開けたのです。
最初は向き合うのにとても勇気が要りました。ラフは一気に出来ましたが、作っている途中、自分が蓋をしていた不安に引き戻されておかしくなってしまったらどうしようとさえ思いました。でも、幼い頃の自分と対話を重ねるうち、とにかくラフが出来たのです。

『チャンスは一回』

けれど、すぐにTさんに送ることはしませんでした。チャンスは一回のみ、と思っていたからです。中途半端なものを見せてボツになったら、もうその作品は二度と浮上しない気がしました。新人の未熟なラフを一緒に練り上げるほど、編集者さんは暇ではありません。

絵も文章も推敲を重ね、納得のいくものに仕上げました。

そして1作目を出版してから既に1年。ようやくラフをTさんにお送りしました。もちろん『残念ながら出版は難しいです』とのお返事は覚悟の上です。

最初に考えたタイトルは『9才のぼく』でした。「ニュートラル過ぎる」とのことで後に変更。

編集者さんからのお返事

ラフを送ってから数日後、お返事のメールが届きました。(以下、抜粋)

とっても難しいテーマなので、すぐ出版できますとお約束できないのが心苦しいのですが、こんな大切な作品を私に託してくださったこと、感謝いたしております。
(中略)
編集部で検討させていただきますので、しばらくお時間をください。

この時はまだよくわかっていませんでしたが、出版を決定するのには企画を社内会議に通すというプロセスが必要です。

でも、Tさんは受け止めて下さったのです。「初めての読者」であるTさんに認めてもらえたことは、とても大きな勇気となりました。編集者さんの心にも届かない作品が、世のなかの読者に響くとは到底思えないからです。

嬉しくて涙が出ました。たとえこのまま企画が通らず出版につながらなかったとしても、十分報われたようにさえ感じました。

…でも決して喜び過ぎないよう、安易に出版を夢見ないよう。。

出版の決定

そしてついに半月後、Tさんからのお電話が。なんと出版が決定したとのこと!
Tさんの言葉が身に沁みました。

“本屋さんでばんばん売れるような本ではないのかもしれない。でも必要な本だから”

…私は、Tさんが会議でどんなふうに提案してくれたのだろうと想像するだけで、胸がいっぱいになりました。

ラストシーンで『ぼく』は一歩、前へ進み出します。

そして、この本が生まれたのです。

ラフの修正、原画の作成、文章の推敲、校正、印刷…
無事に出版されたのは、一年半後のことでした。

ラフも検討を重ね、進化していきます。(左上→右→下)背景の設定が変わっていきました。
編集者さんと文章も練っていきます。
モデル役(?)の息子を連れて、土手シーンの取材へも行きました!

どうかこの絵本が、ひとり悩む子供たちへ届きますように。

『ぼく、こわかったんだ』

さいきん、しぬってことを考えると、すっごく こわい。
しんだら、目をとじたときみたいに ずっと まっくらなのかな。
ねているときみたいに 何も 考えられなくなっちゃうのかな。
ママは 心配ないって 言うけど、ぼくは やっぱり こわいんだ。

― だれもがもつ 不安に あたたかく よりそう ― (帯より)

※この本の詳細・お求めは作品ブックページへ。

コメント

実は、私も死についての本のラフを10年ほど前描いて、ことごとくだめで、(暗すぎる、手に取らない、どこも望まないテーマ等)
パンチをくらうことばかりだったので… 疲れ果ててしまいました。
本当に大切だとおもったのですが…。ストレートすぎるみたいで。
だから、よかったです。
横須賀さんの絵が世の中にでて。
この世の中、くそまじめで堅物な?絵本作家はいらないのかな、とおもっていたので、(横須賀さんはそんな方じゃないけど、まじめな方と拝見します)
ありがとうございました。
そもそも、絵が素敵で違いますから、同じなわけないですけれど。笑 
あ、先日、おおきなおおきなおいもでコメントした者です。お返事ありがとうございました。

コメントありがとうございます。死をテーマにした絵本は本当に難しいですね。
「売れるか売れないか」で言えば、やはりなかなか売りづらいテーマかと思います。
重たいテーマであればあるほど、軽やかに温かく(でも誠実に)描けたら良いなと感じました。
様々なタイプの絵本作家がいて良いと思います。いつか徳升さんの作品が、実を結びますように。

6才の子供がここ最近「死んだらどうなるの。死んだらまた人生1からなの。不安で寝ても起きても考えてしまう。」と言っています。大丈夫、お母さんが側にいるよと色々言葉をかけてみたのですが「いつもそうやって言う」と納得出来てないようでした。そんな時、何か絵本があれば良いな一緒に考えてあげられるなと思ってこの絵本に辿り着きました。子供が言っていることそのまま絵本の内容で、びっくりしました。何か少しでも共感出来るものがあると、孤独感という面では和らぐのでは無いかと思い即ネットで購入しました。まだ届いてないのですが、早く読んであげたいです。作者さんの言う通り、死んだ周りの人を癒す絵本は多いのですが、死について考えてしまう当事者の絵本は少ないのでありがたいです。

m様
コメント、ありがとうございます。
せっかくコメントをいただいていたのに、気づくのが大変遅くなって申し訳ありません。

6才のお子様が、死について不安を抱いていらっしゃるのですね。
お子様の不安、とてもよくわかります。
そのお気持ちに寄り添ってあげたいと思われるm様も、
とてもお優しい方とお見受けいたします。

私の本がどれだけお役に立てるかわかりませんが、
「不安なのは、あなただけじゃないんだよ」と伝わることで
お子様の気持ちが少しでも楽になれば嬉しいです。

とはいえ、もしかしたら、もう少し時間がかかるかもしれませんね。
私も不安が和らぐまで、年齢や心の成長など、時間も必要でした。
でもm様の様に、寄り添ってくれるお母さんがいらっしゃるだけで、全然違うと思います。
ひとりきりで抱えるのは、とても苦しいものですから。

いつかお子様の不安が和らぎますように…。

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