さて、厳しいダメ出しの後。→前回までの詳細はこちら
半月かけて練り直した新たなラフを、編集者Tさんに再送できたのは2016年5月半ばのことでした。
この作品は既に最初から発売時期が決まっています。グランプリ受賞作はその年の12月に出版 という慣例があるからです。どんなに進行が遅れても原画の〆切は変わりません。焦りばかりが募りました。
そして待つこと一週間。
「とても良くなったと思います!これで進めていきましょう」
ついに編集者さんから念願のGOサインが出ました。いよいよ原画制作の始まりです!
水彩紙にペンで下書きする
まず水彩紙に、全場面の下書きを施しました。
鉛筆では色が薄く感じられたので、今回はペンを使用。インクは上から絵の具を塗っても溶けないように、耐水性のものを選びました。
黒インクでは色が強すぎるため、赤・青・黄などのカラーインクを混色して『ちかしつのなかで』用オリジナルカラーを作りました。後から同じ色を作るのは困難ですから、あらかじめ大量に作って全ての絵に使います。
インクは鉛筆と違って、一度描いたら消すことができません。ペン作業はとても緊張しました。勿論その後の水彩での失敗(=描き直し)もなるべく避けたい。一枚一枚が必死でした。(現在は違う方法を編み出したので、そんな苦労も懐かしく思い返すことができるのです 笑)
絵の具で彩色!
ペン入れが全て終わると、取り掛かりやすそうなシーンから絵の具で彩色を始めました。
(これも今思えば、最初のページから順番に描いていった方が流れが掴みやすくてスムーズだったと思います。…とにかく全てが試行錯誤でした)
制作過程を幾つか載せます。興味のある方は、完成作品と見比べてみてくださいね。→完成作品はこちら
同じ場面を何枚か描き直した絵もあります。
水彩作業は早いペースだと一枚につき2日間、長いときは1週間ほどかかりました。
約3か月の制作期間を経て、全ての原画が無事に完成したのは残暑厳しい9月半ばのことでした。
表紙アイデアは同時進行で
原画制作の後半には、同時進行で表紙のアイデアも練り、編集者さんとのやりとりを続けました。
アイデア画像を一つ送っては見直し(ボツ)の連絡が入り、また新たにアイデアを練る。…これも「初心者ならでは」だったのかもしれません。
現在は、アイデアを何パターンか作ってから提案します。編集者さんは、ボツの時は必ずきちんとした理由を添えてくれます。「こういう理由でAはボツ、どちらかと言えばBよりC。」などと指示をいただけると、編集者さんの意図が多角的に分かり、その後のアイデア出しがスムーズになっていきます。
ようやく決定!
試行錯誤の末、9月初旬にようやくアイデアが決まりました。少年が正面を向き、『ちかしつ』におもちゃなどを差し出している構図です。
構図が決まると、何パターンかミニチュアの下図を作って色の計画をたてました。
表紙の原画が完成したのは9月末。全ての原画を無事に描き終え、私の仕事はこれで一段落です。
二人三脚のデザイン作業
さて、この本の発売日は前述の通り12月です。まだまだ時間があるように思えますが、スケジュールは案外ぎりぎりでした。
予算の関係で、デザイナーさんが入らなかったことも影響しているのかもしれません。タイトルや文章の配置など、一つ一つ検討していかなければなりません。
けれど、それまで一人で原画を描いていた私にとって、編集者さんと相談しながら決めていく共同作業は 肩の荷が少し下りた後の「ご褒美」のよう で、とても楽しかったです。
デザインが決まると、印刷に関する作業が本格化していきました。
色校正紙が送られてくる!
10月に入り、色校正紙が送られてきました。色校正とは、本番の紙に本番のインクで試し刷りしたもの です。
おおかた綺麗に再現されています。…ただ、少しイメージと違う部分もありました。
印刷は4色のインクの組み合わせで再現されるので、もちろん原画と全く同じというわけにはいきません。特に初校(初めての試し刷り)はあくまでも『叩き台』のようなもの。まだまだ修正の余地が沢山あります。
けれど、そのあたりの塩梅をまだよく理解できていなかった当時の私は、少しの違和感にひどく動揺しました。
例えば、全体的にギラギラして見える点。細部まで驚くほどクリアに印刷されているので、余計にそう見えたのかもしれません。
これは編集者さんいわく、私の使用した水彩紙の凹凸によるもの とのことでした。
水彩紙は画用紙などと比べて、表面が凸凹しています。手でなでると少し痛いくらいです。おかげで絵の具は鮮やかに発色するのですが、印刷となると影が映り込んでうるさくなるようです。何も塗っていない白い紙地の部分にも、凸凹の影が印刷されていました。
絵本の原画は印刷のための絵であって、絵本に仕上がった時が全て。仕上がりが良ければ原画と多少違いがあっても構わないものです。作家は、印刷後を見込んで絵を描かなければいけません。
けれど、自分の絵が印刷したらどう見えるか想定できていなかった私には、印刷後を見越して紙を選んだり色を塗ったりすることができていませんでした。
原画は既に神戸の出版社にあり、埼玉在住の私は原画と校正紙を突き合わせて比べることができません。メールや電話で要望を伝えるのはとても難しく、そもそも経験不足ゆえ、どこまで改善可能なのかも分かりませんでした。
けれど残された試し刷りのチャンスは 再校正あと一回のみ なのです。
刻々とタイムリミットが迫る中で
困り果てた私は、大学時代の友人で、大手印刷会社でプリンティングディレクターをつとめるH君に相談しました。私の絵の雰囲気も良く知ってくれている、気心の知れた友人です。彼は忙しい中時間を作ってくれ、待ち合わせた駅ビルでルーペを使って校正紙を熟視し、沢山の具体的なアドバイスをメモに書き込んでくれました。
それを大急ぎでまとめて郵便局へ駆け込み、速達で神戸の出版社へ。
どうか間に合いますように、と祈りながら。
ただ、後から思えば、これは編集者さんと印刷を請け負ってくれた印刷会社の方に、大変失礼なことをしたのではないかと反省しています。右も左も分からない素人が、他の印刷会社のプリンティングディレクターを頼ってあれこれと指示を送りつけたのですから。
けれど、そんなことに気付けないくらい必死でした。
もしかしたら 生涯最初で最後の出版になるのかもしれない。こんな奇跡のような機会を、決して悔いのないように大切にしたい、そんな気持ちだったのです。
編集者さん、印刷会社さん、あの時は本当にすみません。そして私の不安に真剣に付き合ってくれたH君には心から感謝しています。ありがとう。
ファイナルアンサー
そんなドタバタを経た11月の半ば、ついに再校正紙が送られてきました。
とても良くなっています!!
H君のアドバイスのおかげか、そもそも編集者さんと印刷会社さんが十分対応してくださっていたのか…、もう私には知る由もありませんが、とにかく良くなっていました。
本当に嬉しかった。
そしてこれがファイナルアンサーになります。今回はもう、これ以上テストを試みることはできません。「どうぞこのまま印刷してください」とお願いして、無事『校了』となったのです。
生まれて初めて“自分の本”を手にした時
さて、12月15日の発売を控え、12月7日に見本が届きました。見本とは 出来立てほやほやの完成品 です。
感無量?涙があふれる?嬉しくて叫びたくなる?
…いったい自分にどんな感情が湧き上がってくるのか想像ができませんでした。
でも初めて手にした時、抱いた感想は意外にも
「あ、思った通り。」だったのです。
冷静な自分が絵本を手に取っているような不思議な感覚でした。
「ページを1枚1枚くぐってみなくても、もう私、ぜんぶ分かってる。」そんな気がしました。
それはこの絵本を作りはじめた時から、もう毎日毎日(毎秒?)この絵本のことを考え、
ダミーを読み返し、自作シミュレーションし、絵の端から端まで意識を集中し、校正紙を穴が開くほど眺めてきたからなのかもしれません。
でも今、あの必死だった日々を振り返ると涙があふれそうになるのです。
こうして『ちかしつのなかで』が、私の第一作目の絵本となりました。ありがたいことに、その後の出版機会にも恵まれました。
編集者Tさんと巡り会えたことに感謝しています。
いつ、どんな質問を投げかけても、冷静にわかりやすく答えてくれました。修正すべきことを丁寧に理論立てて教えてくれつつも、必ず私の想いを尊重してくれました。沢山の失礼やご迷惑もおかけしたはずですが、最後まで温かく伴走してくださいました。
初めての担当編集者がTさんで本当に良かったと思っています。絵本とは 誠実に向き合って作り上げる、とても温かいもの と、作家活動のスタートに実感することができました。
この場を借りて、心より御礼申し上げます。
ーおまけー