鉛筆の下絵

1枚の絵本原画を完成させるのに、どれくらい時間がかかるか検証するブログの2回目です。1回目はこちら→絵本原画の制作時間①(準備編)


これは、2020年に小学館から出版された全80ページの絵本、『インディゴをさがして』です。

インディゴをさがして
『インディゴをさがして』(2020年、小学館)

色に話しかけ、色を誘い出すことのできるインディゴという名の少女の物語。作者は日系アイルランド人のクララ・キヨコ・クマガイさん。私は全32場面の絵を担当しました。
今回は、その最初のページを例に検証を進めています。

制作時間を検証中の最初の場面
制作時間を検証中の最初の場面

↑これが最終的に完成した絵。この絵を描くために前回までに次の準備を進めてきました。

  1. 物語全体のイメージを固める
  2. 32場面それぞれの構図を決める
  3. 原寸大の下絵を鉛筆で仕上げる

これが上記【3】の工程、鉛筆で描いた原寸大の下絵↓です。

鉛筆の下絵①
鉛筆の下絵①

(ただし前回も触れたように、この下図は上の完成図と細部がずいぶん異なっています。それについてはまた後ほど…)

同じような下絵を、32場面分制作しました。
ここまで要した時間は約3か月。

ここからいよいよ本番制作編に入ります。

本番制作

①水彩紙に下絵を印刷する

今回は制作枚数が多いので、鉛筆の下絵を水彩紙に印刷して時間短縮を図りました。用いたのは自宅のプリンターです。(顔料インク使用)

印刷する水彩紙は、下絵より一回り大きいものを使用。これは、塗り足し分 水張り分 の余白です。

②水彩紙を水張りする

印刷した水彩紙を板に『水張り(みずばり)』します。こうすれば紙がフニャフニャしないため、私には必須の工程なのです。

水張りの例
厚さ5mmほどの板に水張りします。四辺は水張り専用のテープで固定。(写真は別の作品です)

水張りってどうやるの?と、お思いの方。いずれ詳しく説明しますね。今回は先へ進みます。

③エスキースを作る

次に、余った水彩紙の端切れなどに絵の具を使ってミニチュア版の完成予想図を作ります。これをエスキースと呼びます。
水彩は、むやみに塗り重ねると彩度が落ちてしまいます。絵の具を計画的に重ねていくために、エスキースが役立つのです。

目的地が定まっていないと、どこに向かえば良いか分からないだけでなく、回り道ばかりしてしまいます。
それが功を奏す場合もありますが…、
水彩の場合、回り道はたいてい絵を汚します。

エスキースは納得いくまで作ります。本番で失敗するより、ミニチュアで失敗する方がダメージが少ないですから。
この場面に関しても、計3枚のエスキースを作って試行錯誤しました。

エスキース3枚
エスキース3枚。色の計画を立てます。

④本番の紙に描き始める

そしてようやく、『水張りした本番の紙』に絵の具で彩色していきます。

この場面のような風景を描くときは、奥の方から進めた方が描きやすいでしょう。この場合は、空。

空の色は、絵全体に影響を与えます。例えば赤い夕焼け空の絵だったら、絵全体がほんのり赤い世界になるように。
つまり塗り絵のように「空だけに青を塗る」のではなく、海にも手前の人物や岩の影にも、空に用いた青を隠し味に入れておきます。(入っているんです)

ちなみに今回、雲に「白い絵の具」は用いていません。マスキング技法を使ったり、雲の部分だけ青い絵の具をティッシュでふき取ったりして表現しています。水彩の場合、一番軽やかで美しい白水彩紙そのものの白だからです。

おっと…。
制作時間の検証から逸れてしまいました。

話を戻します。

こうして、空→海→草原→人物と 遠景から近景に進めていき、 絵が完成しました。

自宅のスキャナーで取り込んだものなので、あまり画質はよくありませんが。↓

完成図①
完成図①

お気づきですね? 最終的に使用したものと違います。これが前回、準備編で申し上げた『落とし穴』…なんです。

編集者さんに途中経過を見てもらう

年末に制作を開始してから、既にずいぶん時間が経過しました。季節はもう梅雨。

このころ、編集者Kさんに絵をチェックしてもらう機会がありました。絵は32枚中、20枚ほど完成したところでしょうか。(本来なら数枚完成した時点で絵を見てもらう予定でしたが、新型コロナの影響で、打ち合わせができませんでした)

ここで問題発生です。

上の絵に対するKさんの感想は
「うーーーん。もっと陰影がついてもいいかな。絵本の最初の絵にしては、少し弱いかも?
でした。

なるほど。。

確かに、壁に飾る一枚の絵としては良いのですが、絵本の最初のページとしてはややシンプルかもしれません。

今回は流れを作るため最初のページから順番に描き進めましたが、やはり最初の一枚は少し控えめになったようです。

もう少し絵を強くして、読者を物語に惹きつけねばなりません。

…考えられる対処法は次の2つ。

  • この絵に加筆して修正する
  • 最初から描き直す

『弱い(柔らかい、シンプルな)絵』は、上から描き足すことよって印象が変わる場合もあります。陰影を足せば、絵が強くなることもあるでしょう。

しかし水彩は、必要以上に塗り重ねると彩度が落ちていきます。表情もぼやけていきます。『強い絵』にするのなら、最初から描き直すのがベストです。


出版予定日から逆算した〆切のことも考えると、時間の余裕次第ということになりました。
この絵はとりあえず、保留です。

季節はどんどん移り替わり…

結局、描き直す

それから約2ヶ月、カレンダーとにらめっこしながら残りの31場面を描き進めました。
そしてようやく最後の最後、この1場面目を描き直すタイミングに恵まれたのです。
気付けばもう、外の世界は夏休み!

さあ、まずは鉛筆で下絵を描き直します。

下絵②(描き直したもの)
鉛筆の下絵②(描き直したもの)

『絵を強くする』ということは、単純に色を濃くするということだけではありません。細部を描き込み、情報量を多くすることによって強くすることもできます。

主人公の住む村を、具体的に描き込むことにしました。
遠慮がちだった中景の海辺や半島もしっかり描くことにしました。

↓最初の下絵①と比べてみてください。

鉛筆の下絵①
鉛筆の下絵①

描き直しついでに諸々修正します。
「主人公の後ろ姿、もう少し大人っぽくしたほうが良いな」「髪の毛も、他のページはもっと長かったよね」などと思いを巡らせながら。
(こうして2枚並べると、なんだか間違い探しみたいですね)

その後は一枚目と同様に印刷&水張りし、絵の具で仕上げていきました。

前回、絵本原画の制作時間①(準備編)の冒頭でお伝えした通り、1日5時間作業して約2日。計10時間ほどで完成です。

完成の絵
完成の絵

まとめ

今回は、『描き直し』という落とし穴がありました。

そしてこの落とし穴は、そこら中に開いて います。32場面、どれにもそれぞれ開いていたと言っても過言ではありません。
一発で描けた絵なんて、結局ほとんど無いのです。
けれど一度その穴に落ちなければ、最終的な完成には繋がらなかったでしょう。
どの過程も、私にはすべて必要でした。

32枚の原画を納品したのが8月のはじめ。

およそ8カ月半の原画制作期間でした。
8カ月半(約255日)を32で割ると、1枚当たり約8日ですね。

長いとも、短いとも…。

いつもいつでも
迷いながら、もがきながら、描いています。

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