「この絵を描くのに、どれくらい時間がかかりましたか」
絵本を作っていて、これは本当によく受ける質問です。
間違いなく、受ける質問ナンバー1です。
パッとこたえられる場合もあります。
生真面目な性格ゆえに、「うーーーん」と回答に詰まってしまうこともあります。
つまり、一言では伝えられない場合が多いのです。
でもブログなら一言で答えなくても大丈夫なはず。この機会に、じっくり検証してみたいと思います。
絵本原画の制作時間
絵本の原画が一枚、目の前にあるとします。
例えばこの絵。
これは昨年小学館から出版された『インディゴをさがして』という絵本の最初の場面です。
絵の大きさはA4。“水彩紙”に、“透明水彩絵の具”を用いて描いています。
【この水彩紙に、実際に絵の具を塗り始めてから筆を置くまで】ということであれば、比較的答えは簡単です。
1日5時間作業したとして、約2日。つまり、10時間程度 でしょうか。
ふむふむ、なるほど、大体そのくらいね。
そう感じる方が多いのでは?
ただし、では10時間で絵が完成しますか?と問われれば、答えはNOです。
少なくとも私には、その数倍の時間が必要です。
ではこれから、この絵が完成するまでのプロセスをお話ししたいと思います。
(話が長くなってしまいますので、『作業時間は10時間』でご納得いただいた方はここで読むのをお止めくださいね。疲れてしまいますから!)
準備① 物語のイメージを持つ
(制作時間に関係ない、と言えば全く関係ない部分)
この絵は80ページ(絵は32場面)の絵本の1場面です。
私は絵を担当しましたが、文を書かれたのは日系アイルランド人の作家クララ・キヨコ・クマガイさん。色に話しかけ、色を誘い出すことのできるインディゴという名の少女の物語です。
まず、私はこの物語の世界観をもたねばなりません。
作家さんから細かい指定はありませんでしたが、おそらく中世ヨーロッパ。まだ魔女が信じられていた時代。場所はアイルランドを想定して良いでしょう。
家は木造?石造り?煙突は?
王様ってどんな服を纏うのかしら。中世でも、初期と末期では全然違うようです。
この物語は創作です。ある程度自由に描いて良いと言われました。
しかし 自分の中で世界を作り上げ、その世界に住む登場人物がありありと浮かんでくる 位でなければ、表現は薄っぺらになってしまうでしょう。
ネット、本、さまざまな資料にあたりました。図書館の本は100冊くらい目を通しました。
私の頭の中に、物語の世界が息づいてくれるまで。
これは決して、「大変でしょう、すごいでしょう?」と言っているのではありません。
好きでやっているのです。
そして同時に、この過程が無ければこの絵は決して描けなかったと思っています。
―ここまで、約2週間―
準備② アイデアを描き出す
(まだあまり関係ない部分)
● 絵本全体(32場面)を見渡しながら
さて、わたしが世界観を作っている間、
担当編集者Kさんは、物語を約32の場面に区切ってくれました。私はそれをもとに、32場面のおおまかなアイデアを作ります。使用するのはコピー用紙と鉛筆。
まずは印象的な場面を選んで、絵のアイデアを描き出していきます。
物語の中に、ここは絶対こんな絵を描きたい!と強く思うシーン が、たいてい何か所かあるものです。
それを優先してアイデアを描いた後、他のシーンを考えていきます。退屈にならないように、変化をつけながら。
『一人の場面を描いたら、こちらは群衆にしようかな。引きの場面の次はアップが良いな。あれは俯瞰しているから、これは見上げにしよう。あっちは全面ぎっしり描くから、こっちはさらっと余裕をもたせて。』
そんな模索を重ねるうちに、ざっくりとした32場面の流れが出来てきます。
1枚の絵ではなく、32枚の絵の流れによって一つの作品となる。
これは、絵本という媒体の醍醐味です。
● それぞれの場面を具体的に
さて、冒頭の絵です。
他の場面とにらめっこするうち、だいたいのイメージが固まってきました。
●物語の最初だから、広がりにある絵にしたい!→遠景と近景に差をつけて奥行を出そう
●主人公の住む世界をいっぺんに表現できる絵にしたい!→主人公の住む場所を、小高いところから一望できる構図にしよう
●最初の絵だから重苦しくならないようにしたい!→白い紙の部分も一部残して明るめの色調にしたうえで、髪や服に風をなびかせよう
あれあれ。
ここまで読んでくださった方、「そもそもどんな絵だっけ」と思われているのでは? 当然です。1枚の絵を、普通そんなに細かく眺めたりはしないものです。
ここら辺でご参考までに、同じ画像をもう一度載せましょう。
では、私の模索を続けます。
●主人公の「あふれるような好奇心と、愛を感じる心(文中より)」を伝えたい!→真っ直ぐ立って、前をしっかり見つめるポーズにしよう
●まだ冒頭だし、全部見せてしまうのはつまらない!→主人公は後ろ向きにして顔は隠そう
●次のページに期待をもたせたい!→明るい太陽の光源を左に設定して、次のページに何かあるような心理状態をつくろう
(この絵本は縦書きなので、左のページをめくります)
それぞれの思いを頭の中でぐるぐるミックスさせていくうち、「よし、これで行こう!」という構図がピタっと浮かび上がってくるのです。
同様に、他の31場面も具体的に決めていき、ようやく絵本の大枠が見えてきました。
―ここまで、合わせて1ヶ月半―
準備③ 鉛筆でデッサンする
(だいぶ核心に近づいてきました!)
さあ、構図のアイデアが固まりました。担当編集者さんのOKも出ました。
次は?
今度は、本番さながら細部まで鉛筆で丁寧にデッサンした 原寸大の「下絵」を作ります。(あくまで、私の場合です)
細部まで描き込むということは、いよいよ曖昧な想像だけでは描けません。
迷っては資料を眺め、資料が足りなければまた探します。探しながら作業するので、足踏みばかりの時もあります。
32場面の下絵を仕上げるのにおよそ1ヶ月半かかりました。
1場面あたり、1日ちょっとですね。
ちなみに、この32枚の下絵をまとめると絵本一冊分の見本のようなものが出来上がります。(これをダミーと呼びます。)
私にとっては、ここまでが大仕事です。
ここまで辿り着いてしまえば、『あとは描くだけ』ですから!
(でも、落とし穴もあるんですけどね…。
お気づきでしょうか?完成の絵と下絵①、細部が全然違うことに…)
ーここまで、合わせて3か月ー
さて、まだまだ絵を描き始めてもいない準備段階ですが、ずいぶん長くなってしまいました。
ブログは次回、本番制作編に続きます。
準備編のおわりに
「この絵を描くのに、どれくらい時間がかかりましたか」
一言で答えてしまえば、先ほど申し上げたように『10時間』です。
でもやはり私には、それで絵が描けるとは思えないのです。
絵には、描き始める前の沢山の時間が必要です。(もちろん例外もありますが)
最終的に『絵』として目に映るもの。私は、それは作家が作り出した世界の、氷山の一角にすぎないものだと思っています。
続きはこちら→【水彩画】絵本原画の制作時間②(本番編)